嫉妬される原因とは?菅原道真の職種と仕事っぷり

分厚い雲に覆われた空
記事の内容

菅原道真の社会人スタートから、嫉妬され始めるところまでを紹介!

  • 社会人となり、順調に出世
  • 中流貴族となる
  • 才能が政界に広がる
  • 調子にのってしまう道真
  • 仕事仲間から嫉妬され始める

花より団子、とりぞーです。

この記事では、菅原道真の歴史に興味がある人にむけた内容です。

  • 社会人になってからの仕事ぶりは?
  • どんな仕事をしてたの?
  • なんで嫉妬されたの?
  • 道真の人柄は?

これらの疑問に応えます。

前回は菅原道真の誕生から、社会人になるまでを紹介しました。

道真は順調に成長し、社会人となり新たな人生をスタートさせます。

社会にでた道真は、どんな社会人生活を送るのでしょうか?

雲行きが怪しくなるばい

目次

社会人になっても優秀

右肩あがりの棒グラフ

成績優秀で官僚となり、道真の社会人生活はスタートしました。

どんな社会人生活となるのでしょうか?

大学時代ガリ勉だったヤツって、社会にでると使えない場合がありますもんね。

私はノー勉で、つかえません

しかし、さすが道真。

社会人になってもめっちゃデキる人

どんどん出世していき、29才の時には従五位下となります。

才能が政界に広まる

右手のピースサイン

従五位下となった道真は、貴族としてあつかわれます。

従五位下は、中流貴族に相当しました。

上流貴族になると今の価値で、約3〜5億円を国からもらえます。

中流貴族に当たる道真も、数千万円の収入。

アラサーで年収数千万とか、めっちゃ勝ち組ですよね。

うらやましー

道真の出世は、貴族のあいだでも群を抜いていました

勢いそのままに、貞観16年(874)2月、

道真は税を管理する部署の、民部少輔(みんぶのしょう)になります。

民部少輔とは、部署のナンバー2。

道真は民部少輔として、3年間つとめます

〜その時、政界では〜

太政大臣

ねぇ知ってる?

太政大臣

めっちゃ仕事できる子がいるらしいよ

右大臣

マジっす?仕事ふっちゃいましょうよ

太政大臣

ガッテン承知の助!

民部少輔として働いていた道真。

道真は激務のかたわら、

太政大臣や右大臣から、文章作成の依頼を多くうけていました。

それでも、道真はしっかり仕事をこなし、

文官としての才能が、さらに政界に響きわたります

出世により嫉妬され始める

分厚い雲に覆われた空

道真は有能な文官として、民部少輔をつとめあげました。

貞観19年(877)1月、道真は式部少輔(しきぶのしょう)に昇格します。

同年10月、祖父の代から続く文章博士を兼ねることになり、

文章道の高官として、菅原家の継承が決まります。

文章博士とは、中国の歴史を教える、大学教授みたいな仕事

このとき、道真33才。

しかし、父の是善にある不安が。

出世するの早すぎやで…

大丈夫かいな…

是善は道真の早すぎる出世に、つよい不安を感じていました。

文章博士という職は、学者仲間からの風あたりが強く、

誹謗中傷の声が、しきりと聞こえていたからです

人の嫉妬って今と変わりませんね…

是善は心配で仕方ありません。

道真が世知辛い世の中に、耐えることができるのか…。

しかし、当の本人はこんな感じ。

はぁー、オレちょー仕事できる

マジ天才

これまでトップを走ってきたため自尊心が強く、

道真は、融通のきかない性格となっていました。

そんな道真には、友人も少ない。

是善は、不安で不安で仕方ありませんでした。

この心配が心にさわったのでしょう。

是善は不安な気持ちを残しながら元慶4年(880)8月に他界してしまいます。

がんばれ道真!

まとめ

今回は社会人となった道真が、順調に出世するも環境が悪くなるとこまで紹介しました。

  • 社会人となっても、順調に出世する
  • 仕事仲間から嫉妬の目でみられはじめる
  • 本人は天狗さま

父の死は道真にとって、深い打撃であるとともに、

菅原家を1人で支えなる宿命を背負いました。

この後、道真はどんな人生をたどるのでしょう?

つづく!

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