大友宗麟と毛利元就の密約とは?大内義長自害の裏側

握手をしている男性
記事の内容

大内義長の自害と、ウラにあった宗麟と元就の条約を紹介します!

  • 豊後のクーデターをおさえて、イケイケの宗麟
  • 一揆がおちつき、元就に追いこまれる義長。
  • 兄・宗麟へ助けを求めるが、音沙汰なし
  • 元就に追いつめられ、大内義長は自害
  • 自害のウラには、宗麟と元就の不可侵条約

夏はやっぱりタンクトップ、トリぞーです。

この記事は、大友宗麟に興味がある方に向けた内容です。

  • 豊後のクーデターの内容は?
  • 弟・大内義長の最期はどーなるの?
  • 宗麟と毛利元就の関係って?

これらの疑問に応えます。

前回は大友宗麟の弟である、大内義長とその周りを紹介しました。

毛利元就から追いつめられる寸前で、一揆により命びろい。

しかし、名将・元就。

ある条約を利用し、義長を追いつめるのでした。

兄弟なのに…

目次

豊後でクーデター

大内義隆(よしたか)の仇を討つため、クーデターをおこした毛利元就(もとなり)。

そのころ、豊後でもクーデターがおこっていました。

反乱者

差別反対ー!

反乱者

平等にしろー!

弘治2年(1556)5月、府内で優遇されている家臣にたいし、

不満をもつ反乱者がクーデターをおこしました。

反乱の勢いは豊後内にとどまらず、

豊前・筑前の反大友派とつうじて、宗麟暗殺を計画します

反大友派
  • 小原鑑元(おばるあきもと)
  • 本庄新左衛門尉(ほんじょうしんざえもんのじょう)
  • 中村新兵衛尉(なかむらしんべえのじょう)
  • 賀来紀伊守(かくきいのもり)
  • 佐伯惟教(さえきこれのり)
宗麟

これはヤベーな…

宗麟

ドロン!

宗麟はクーデターにたいして、府内から脱出。

臼杵にある、丹生島城(にうじまじょう)に避難しました。

反乱者

へたれキリシタンめが、逃げおったわいw

大友軍

ダメですよーボスを裏切ったら

反乱者たちは大友の軍勢によって討たれ、滅ぼされてしまいます。

大友軍めっちぇ強ぇー

こちらもドロン!

佐伯惟教は城をすて、四国の伊予へのがれました。

豊後のクーデターについては、フロイスの『日本史』に、

本庄(反乱者)と田北(家臣)との争いが、事件の発端になったと記されています。

また、ベルショール・ヌネスはクーデターについて、

宗麟は火と武器をつかい反乱者を攻め、13人の反乱者の家を焼き、

家族もろとも殺したとの記録を残しています。

残酷ですね

大友宗麟を殺そうとしたクーデターは、かえって宗麟側を結束させました

宗麟が避難した丹生島城は、のちに本格的な居城として府内からうつります。

しかし、弘治3年(1557)宗麟滞在中に、火事になったとの記録が残されています。

義長への攻撃

大砲を持った兵隊による攻撃

毛利元就は周防国内の一揆をおさめると、大内義長への攻撃を開始。

弘治3年(1557)4月3日、元就は義長配下の大内軍を攻めやぶります。

義長は長府(下関市)の長福寺に追いつめられ、自害しました

義長は自害に追いこまれるまで、豊後の兄・宗麟に援軍を求めていました。

兄ちゃん助けて!

宗麟

その日は予定があんの!

宗麟

いけたら行く!

しかし、宗麟は応じません。

宗麟は、弟である大内義長を見殺しにしたのです

大友宗麟と毛利元就

握手をしている男性

なぜ大友宗麟は、弟である義長を助けなかったのか?

理由は、大友宗麟と毛利元就は密約を結んでいたからです

義長のこと目をつぶってください

は?弟を助けない兄なんておらんでしょうが

弟に手だしたら許さんけん

さすが九州男児!

クーデターを抑えて、とぶ鳥も落とす勢いだとか?

は?///余裕だったし!

イケイケどんどんだし!

九州に領土があるけど、関門トンネルもないしなー

あげましょうか?

え?くれんの?

もちろんですよ!

そのかわり、ね?弟さんのこと…

すまん弟!このことは内密でヨロ!

『萩藩閥閲録』によると、元就は家臣である小寺元武を豊後におくり、

大友宗麟との間に、お互い海峡(関門海峡)をはんで支配権を認めあい、

手出しをしないという、不可侵条約を結んだと記されています。

条約により、宗麟は周防・長門の毛利支配圏には手をだせない。

元就も大友支配権をみとめ、北九州には進出しないというものです。

義長の援軍要請により山口に兵をおくると、密約を破ることになります。

宗麟は元就との約束を守り、兵を送りませんでした。

密約の条件として、元就の領土である豊前・筑前2国を、

宗麟がもらうことだったと思われます。

まとめ

今回は豊後でおこったクーデターと、大友宗麟と毛利元就との関係を紹介しました。

  • 宗麟は豊後のクーデターをおさえ、結束する
  • 元就の攻撃により、大内義長は自害
  • 義長は宗麟へ助けを求めたが、援軍はこなかった
  • 宗麟と元就は不可侵条約をむすんでいた。

毛利元就とは、歴史に興味がない方も名前は知っているほどの人物。

ボスの仇をとるために、豊前・筑前の領土をわたして終わるのでしょうか?

つづく!

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