【キリスト教】イエズス会創設者フランシスコ・ザビエルが最初に日本で宣教!!簡単に紹介します!!

土曜日が雨、トリぞーです。

 

歴史を探求することに興味が出てきた

 

今日この頃

 

地元が長崎ということ

 

母の出身が天草ということもあり

 

キリスト教にも興味が出てきました。

 

今日はキリスト教が日本に伝わる過程等を

 

簡単に紹介したいと思います。

 

 

キリスト教の伝来

 

 

日本へ初めてキリスト教を伝えた人物は

 

フランシスコ・ザビエル

 

1542年、または43年ごろとされている

 

ポルトガル人の種子島到着以来

 

日本とヨーロッパの交流は開始されました。

 

そして1549年8月15日

 

ザビエル一行8人による

 

鹿児島到着が日本における

 

ローマ・カトリック教会の宣教の

 

第一歩となりました。

 

 

フランシスコ・ザビエル

 

 

ザビエルはフランスとスペインの国境にあった

 

ナヴァラ王国で生まれました。

 

イグナティウス・デ・ロヨラをはじめ

 

7人いたイエズス会の創立者の1人です。

 

イエズス会の宣教精神は

 

「全世界に行って、全ての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」

 

に由来されます。

 

 

 

ザビエルの活動

 

 

ザビエルは宣教精神に則り

 

インドと東南アジアで宣教活動に従事していました。

 

日本へやってくる契機となった人物がいます。

 

それはマラッカ(マレーシア)で出会った

 

アンジロウ

 

ザビエルはこの時にすでに

 

貿易商人から日本宣教が有望であることを聞いてましたが

 

アンジロウから

 

日本人が最も知識欲の旺盛な民族である

 

と伝えられ

 

ザビエルは日本宣教を決意しました。

 

 

鹿児島に上陸したザビエルは

 

1年間ほどその地で宣教活動に従事します。

 

日本人への宣教手法は

 

日本語に翻訳された教理書の

 

さらにローマ字綴りで書かれたものを

 

ザビエルが読み

 

続いてアンジロウが説明する形だったと言われています。

 

 

その後ザビエルは

 

天皇や将軍から宣教の許可を得るため

 

京都へ向かいますが

 

すでに天皇・将軍の権威はなく

 

応仁の乱後の都は荒れ果てており

 

目的を達することが出来ませんでした。

 

ザビエルはすぐに京都を去り

 

山口へ移動します。

 

そこで天皇へ献上するつもりであった

 

贈り物などを周防(山口)領主

 

大内義隆(おおうち よしたか)に贈り

 

宣教活動の許可を得ます。

 

 

ザビエルが説いた福音は当初

 

インドの教えと見なされたこともありましたが

 

のちにキリシタンと呼ばれるようになります。

 

 

 

カトリック教会

 

 

キリスト教の伝来はこの辺りにして

 

上記に出てくる、知らない用語を勉強します。

 

まずは聞いたことはあるけど

 

よく知らない

 

カトリック教会

 

カトリック教会とは

 

ローマ教皇を最高指導者とする

 

キリスト教最大の教派です。

 

日本でいう浄土真宗みたいなものでしょう。

 

 

 

イエズス会

 

 

イエズス会とは

 

カトリック教会の下部組織みたいなものでしょう。

 

1534年にイグナチオ・デ・ロヨラと

 

フランシスコ・ザビエルによって創設され

 

1540年にパウルス3世により

 

承認されました。

 

 

つづく

 

今回はキリスト教がどのように日本へ伝わったのかを

 

簡単に紹介しました。

 

しかし、簡単とはいえ

 

なんとも浅い知識…

 

これから知識を深め

 

隠れキリシタン等に繋げていくので!!

 

つづく!!

 

 

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