【菅原道真】人間の嫉妬って怖い!順調な出世を果たす道真だが暗雲立ち込める。

花より団子、トリぞーです。

 

前回は菅原道真の誕生から社会人になるまでを紹介しました。

 

【菅原道真】誕生から少内記になるまでの道のりを紹介します!!

 

社会に出た道真はどんな社会人生活を送るのでしょうか?

 

社会人になってもやっぱり優秀

 

 

成績優秀で官吏(官僚)となり

 

道真は社会人生活をスタートさせます

 

大学時代ガリ勉だった奴って

 

大体社会に出たら使えない場合がありますよね。

 

ちなみは私は学生時代勉強もせず

 

社会に出ても使えないです。

 

 

しかし、さすが道真

 

社会人になってもめっちゃ出来る人

 

どんどん地位が上昇します。

 

そして、29歳の時に従五位下となります。

 

 

道真 貴族になる

 

 

従五位下となった道真は貴族として扱われます。

 

従五位下となる貴族は中流貴族に相当したと思われます。

 

上流貴族になると現在の貨幣価値として

 

約3〜5億円の収入を国から得ていました。

 

中流貴族に当たる道真も数千万円の収入を得ていました。

 

アラサーで年収数千万とか

 

めっちゃ勝ち組

 

この出世は当時の貴族の間でも群を抜いており

 

勢いそのままに、貞観16年(874)2月

 

税を管轄する仕事の民部少輔(みんぶのしょう)となります。

 

民部少輔とはナンバー2のことです。

 

道真は税を管轄する部署のナンバー2として、3年間務めを果たします。

 

〜その時、政界では〜

 

 

太政大臣「ねぇねぇ知ってる?めっちゃ仕事できる子がいるらしいよ?」

 

右大臣「マジっすかパイセン!?仕事振っちゃいましょうよ!」

 

太政大臣「ガッテン承知の助!!」

 

 

民部少輔として働いていた道真は、激務のかたわら

 

太政大臣や右大臣などの高官から

 

文章製作の依頼を多く受けていました。

 

それでもしっかり仕事をこなし

 

文官としての学才をさらに政界に響き渡らせます。

 

 

 

暗雲立ち込む

 

 

道真は有能な文官として民部少輔の仕事を終え

 

貞観19年(877)1月、式部少輔に昇格します。

 

さらに同年10月、祖父の代から続く文章博士を兼ねることになり

 

文章道の高官として菅原家の継承を確立します。

 

道真33歳です。

 

この時、父の是善にある不安が

 

 

是善「出世するの早すぎやで…大丈夫かいな…」

 

 

是善は道真の早すぎる出世に恐れを感じていました。

 

文章博士という職は、学者仲間からの風当たりが強く

 

誹謗中傷の声がしきりと聞こえていたからです。

 

人間の嫉妬心というものは昔から恐ろしかったんですね。

 

是善は心配で仕方ありません。

 

道真がこんな世知辛い世の中に耐えることができるのか…

 

等の本人は

 

 

「はぁー、オレちょー仕事できるわ。マジ天才」

 

 

これまでトップを走ってきた道真は

 

自尊心が強く、融通の利かない性格となっていました。

 

そんな道真には当然友人も少ない。

 

父是善は不安で不安で仕方ありません。

 

この心配が心に障ったのでしょう。

 

是善は不安な気持ちを残しながら

 

元慶4年(880)8月、他界してしまいます。

 

 

つづく

 

今回は菅原道真が官僚として働き始め

 

順調に出世するも

 

学者仲間の嫉妬心により

 

人生に暗雲が立ち込め始めるところまで紹介しました。

 

父の死は道真にとって深い打撃であるとともに

 

菅原家を1人で支えていかなけらばならないという

 

宿命を背負いました。

 

この後、道真はどんな人生を辿るのでしょう?

 

つづく!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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