【菅原道真】学問の神様である菅原道真は3つの顔を持っていた!?

市立図書館が好き、トリぞーです。

 

私の住まいから太宰府は割と近く、たまに太宰府天満宮に行きます。

 

そんな中、お正月の特番

 

『ブラタモリ』にて太宰府が紹介されていました。

 

ブラタモリファンの私はもちろんチェック、

 

太宰府の歴史にも興味が出てきましたので、今回は太宰府に最もゆかりのある人物

 

菅原道真の生涯を調べたので順々に紹介したいと思います。

 

 

太宰府天満宮

まず初めに、簡単に太宰府天満宮の紹介をしたいと思います。

 

 

太宰府天満宮は学問の神様として崇敬を集める菅原道真が鎮まる聖廟です。

 

難しい言葉が続きますが、廟とはある特定の人物を祀る建物のことです。

 

簡単にいうとお墓ですね。

 

その中でも聖人を祀った廟を聖廟と言います。

 

なので太宰府天満宮とは菅原道真のお墓なんですね。

 

学問の神様として崇敬を集める菅原道真

 

崇敬?

 

 

崇敬を集める菅原道真

 

私が読んだ文献にはこのように書かれていました。

 

『学問の神様として崇敬を集める菅原道真』

 

崇敬って漢字だけ見ると、何となく意味が分かりそうですが、調べて見ると

 

一般的に「崇め敬うこと」を意味するとあります。

 

しかしその後に、

「キリスト教の中でもカトリック教会では、本来の信仰対象である三位一体の神、すなわち「父なる神」と「御子イエス・キリスト」と「聖霊」に対する信仰と区別して、人間である聖母マリアや聖人たちに対して使用する宗教概念・用語である。」

との説明。

 

これまた難しい文章ですが、

 

崇敬を集める菅原道真ということは

 

菅原道真は3つの顔を持っていたという意味となります。

 

 

3つの顔を持つ菅原道真

 

みなさんご存知、菅原道真は学問の神様

 

そのことを詳しく説明すると

 

「学問、芸能、農耕神として広く民衆の中に生き続け、天神様と称される顔」

 

 

学問以外にも芸能だったり、農業の神様としても一般の方に慕われていたんですね。

 

そしてもう1つの顔は

 

「右大臣としての顕職を極めた顔」

 

 

菅原道真はめちゃくちゃ仕事ができる人間だったんですね。

 

今でいう内閣官房長官みたいな仕事を極めていたってことです。

 

そして最後の顔が

 

「貴人の死後、天によって雷神となったという伝説の顔」

 

なんと菅原道真は死後、雷神になったという伝説があるのです。

 

 

 

雷神とは雷を起こす神様

 

幼い時に雷が鳴っている際、お腹を出して寝ていると、ヘソを取られるという有名な言い伝えがあります。

 

これは風邪をひかないようにという意味があるのですが

 

この言い伝えから雷神(雷様)は

 

恐怖の象徴だったと考えられます。

 

 

つづく

 

学問の神様として有名な人物

 

菅原道真

 

彼は頭も良く、芸能や農業にも長けており

 

政府の仕事もバリバリやっていました。

 

しかし、最後は恐怖の象徴である雷神となっていましました。

 

そんな菅原道真はどんな生涯だったのでしょうか。

 

つづく!

 

 

 

 

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