【那珂川八十八ヶ所】さいふまいりの道!?筑紫野市図書館で那珂川八十八ヶ所の情報が載る資料を発見!!

マツコ・デラックスから嫌いじゃないと言われたい、トリぞーです。

 

身近な歴史が趣味になりつつある、今日この頃。

 

筑紫野市図書館でいつものごとく

 

何か面白い資料はないかな〜と本棚を見ていると

 

 

『さいふまいり道』ドン!!

 

という資料を発見。

 

その資料のサブタイトルには

 

〜ふるさと那珂川町の歴史を学ぶ〜

 

とあるではないですか!

 

 

さいふまいりの道

 

 

さいふまいりの道とは

 

那珂川町(現那珂川市)の『歴史を学ぶ会』

 

というところが発行している資料です。

 

発刊日は平成27年12月17日

 

今から4年前の資料となります。

 

そう、ここに那珂川八十八ヶ所の情報が載っているとすると

 

かなり最近の有力な情報となるはずです。

 

さいふまいりの『さいふ』

 

『財布』ではなく『宰府』のこと。

 

さいふまいりとは菅原道真公を崇拝し

 

信仰を集めた太宰府天満宮に参詣することです。

 

なので、那珂川八十八ヶ所の情報があるとは限りませんが

 

パラパラと読み進めるとします。

 

 

那珂川八十八ヶ所 第61番礼所 将軍地蔵

 

本編を4分1ほどめくると

 

那珂川八十八ヶ所の情報が出てきました!

 

『那珂川八十八ヶ所 第61番礼所 将軍地蔵』

 

 

色がおかしい…

 

加工のニオイがしますが

 

これは実際に見て確認したいと思います。

 

将軍とは武将の将軍という意味ではなく

 

道祖神信仰に関係する言葉であり

 

道祖神のことを『シャグジ』と言います。

 

この『シャグジ』に発音が類似する

 

『将軍』の字を当てたことが由来。

 

道祖神とは道端に石像でよく祀られ

 

外から来る魔・災いを遮り防いで安全を守る神様のこと。

 

将軍地蔵も町の結界の守護神として建て祀られています。

 

肝心の場所もヒントになりそうな説明が

 

 

『井尻の民家裏にある竹山の中』

 

 

うーん、分からん!!

 

 

 

那珂川八十八ヶ所 第21番礼所 地蔵菩薩・虚空蔵菩薩

 

次に那珂川八十八ヶ所の情報として

 

第21番礼所 地蔵菩薩・虚空蔵菩薩が載っていました。

 

 

場所は『豊前坊の拝殿の東側』

 

と具体的に書いてあります。

 

豊前坊とは梶原山にあるお宮であり

 

立派な建物なので検索するとすぐ場所がわかるでしょう。

 

 

那珂川八十八ヶ所 第17番礼所 毘沙門堂

 

第17番礼所 毘沙門堂

 

小字大坪にあると書かれています。

 

 

以前は42坪ほどの御堂だったそうですが

 

現在はその敷地に公民館が建ち

 

御堂は側に移されたと書かれています。

 

御堂の中には毘沙門天が祀られています。

 

 

 

 

那珂川八十八ヶ所 第66番礼所 将軍地蔵

 

第66番礼所も第61番礼所と同じぐ

 

将軍地蔵が祀れているようです。

 

 

「屋敷の奥まったところに地蔵堂がある」

 

ということは人の家?

 

実際に見ることは出来ないかもしれません。

 

 

那珂川八十八ヶ所 第67番礼所 十一面観音

 

 

第67番礼所の場所も人の家の敷地内みたいです。

 

裂田の溝沿いと書いてあります。

 

 

梶原の那珂川八十八ヶ所礼所

 

急にどさっと紹介されていました。

 

梶原地区は上梶原と下梶原に別れており

 

上梶原には那珂川八十八ヶ所が5ヶ所

 

下梶原にも5ヶ所あると書いてあります。

 

そして覚悟はしていましたがこんな文も

 

 

「第9番礼所は無くなりました。」

 

 

やはり今は八十八ヶ所は無いみたいですね。

 

でもこれも歴史です。

 

 

松隆館

 

松隆館とは

 

大正時代に建てられた明治建築風の木造二階建ての旅館。

 

 

この旅館は那珂川八十八ヶ所巡りのお遍路さん達の

 

指定旅館だったそうです。

 

当時はお遍路さんに限り

 

一泊三食付きで四十銭という記録が残っています。

 

大正初期は5銭で現代の喫茶店でコーヒーが一杯飲めるので

 

簡単な計算で当時は

 

一泊三食付きで3000円ちょっとだったと思われます。

 

良心的な旅館だったことが分かりますね。

 

ですが松隆館の説明文に

 

「伏見神社の斜め前にありました」と書いてあります。

 

今はもうないかもしれません。残念。

 

 

 

地図で場所を確認

 

 

以上が『さいふまいりの道』に載っていた

 

那珂川八十八ヶ所の情報となります。

 

今回はかなりの情報を得ることができました。

 

最後に得た情報と地図での位置を見比べてみます。

 

 

第61番礼所

 

第61番礼所は井尻とありました。

 

地図で確認すると

 

ありました!井尻に第61番礼所!

 

地図からして国道385号から

 

川を挟んだ向こう側の道にある竹山でしょう。

 

民家はたくさんありそう…

 

 

第21番礼所

 

第21番礼所は具体的に書いてあり

 

豊前坊の拝殿の東側です。

 

豊前坊は上梶原地区にあります。

 

地図で確認すると

 

こちらもありました!

 

第21番礼所は地図によると2つの川の間に位置しています。

 

 

 

第17番礼所

 

第17番礼所は小字大坪にあると書かれています。

 

地図で確認すると

 

小字大坪という地名が載っていません。

 

なので番号を確認すると

 

下梶原に第17番礼所を確認できます。

 

小字大坪という地名は確認できませんでしたが

 

この情報は梶原地区のページに載っていたので

 

地図と一致していると考えていいでしょう。

 

第66番礼所・第67番礼所

 

第66番礼所の詳しい場所の記載はありませんでしたが

 

第67番礼所と同じところで記載されていたので

 

この2つは近くにあると思われます。

 

地図で確認すると

 

これもありました!!

 

地図では山田地区にあり

 

第67番礼所の説明にあった

 

裂田の溝沿いという文にも一致します。

 

さらに地図から第65番礼所も近くにあると思われます。

 

 

梶原の八十八ヶ所礼所

 

上梶原に5ヶ所とざっくり記載。

 

これも地図で確認します。

 

上梶原には第21番礼所を含め

 

第14・16・19・20番礼所が確認できました。

 

次に下梶原の5ヶ所も確認

 

下梶原には第10・11・17番礼所が地図上で確認できましたが

 

後の2つは王塚台という地区と被るので確認はできません。

 

 

 

つづく

 

今回、那珂川図書館ではなく筑紫野図書館で

 

たまたま那珂川八十八ヶ所の情報が載る資料を見つけることができました。

 

そこにはいくつかの礼所と場所が紹介されていました。

 

そしてこの資料は

 

4年前の資料なので信頼性がある情報となります。

 

さらに郷土なかがわに描かれていた

 

現代の地図とも場所がほぼ一致することが確認できたため

 

この現代の地図の信頼性が上がりました。

 

実際に那珂川に行ける時がくるまで

 

しっかりと情報を集めたいと思います。

 

 

 

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