【天山散歩】福岡県筑紫野市にある天山地区を散歩!!

ランニングを始めて胃を壊す、トリぞーです。

 

ひょんなことからフルマラソンの大会に出ることになり、少しづつランニングを始めましたが、

 

胃が痛くなって3日目、辛いです。

 

そんな中、休日にすることがなかったので買い物ついでに出先を散歩することにしました。

 

天山地区

天山地区とは福岡県筑紫野市と筑前町の境にあります。

 

近くのゆめタウンで買い物を済ませて、そのまま散歩をすることに。

 

あてもなくブラブラするのもいいのですが、ゴールを設定。

 

とりあえずオッケーGoogleで近くの神社を検索すると、

 

Google「高木神社があるで」

 

ざっと場所を地図で確認し、天山地区にあることだけを確認し、後はブラブラ散歩しながら高木神社を目指しました。

 

散歩道

天山にあるジョイフルの脇から北へ進みます。

 

季節は、ジブリ的雰囲気に年甲斐もなくワクワクしながら足を進めます。この時28歳…

 

 

1人ノスタルジックに浸りながら散歩を進めるアラサー。

 

この写真の近くに灯篭?らしきものを発見。

 

 

「これは高木神社への目印に違いない」と勝手に妄想し、

 

ここから散歩道を東へ。

 

そこからの散歩道もとてもいい雰囲気。

 

蕎麦屋があったり。

(本日終了)

 

天然のトンネルがあったり

 

 

他にも歴史ある民家があったり、片や豪邸があったりと、

 

天山は軽く散歩するのに最高です。

 

さらに東へ進むと気になる看板を発見。

 

 

童男丱女岩

童男丱女岩とは看板にもある徐福伝説に出てくる岩です。

 

徐福とは秦の始皇帝の命令で不老不死の薬を求めて日本に渡ってきました。

 

徐福は男女700人を連れて船で日本に渡り、この童男丱女岩に船を繋いだそうです。

 

いやいや700人ってどんだけ船でかいんやと思ってると、それより気になることが。

 

筑紫野市の岩に船を繋ぐ?

 

どんだけロープ長いんや!!伝説ってやっぱり伝説やなーと、さらに調べてみると

 

なんと古代では天山地区あたりはだったそうです。

 

九州大学工学部の准教授によると古代では博多湾有明海は繋がっていたとのこと。

 

すごいですねー。最近はこんな話が大好きです。

 

柴田古城址

看板には柴田古城址ともあります。

 

柴田城とは柴田広門という人の別荘みたいなお城であり、文献によれば現在この城跡は畑・雑木林、墓地となっているが、荒れ果てているとあります。

 

看板に沿って道を進めると、柴田古城の看板が。

 

 

この看板の横に丘へと続く細い道があります。

 

文献は標高51mの丘と書いてあるので登ってみます。

 

 

古城跡には石碑やお墓らしきものがありました。

 

最近は歴史にも興味があるのでとても興味深いです。

 

高木神社

散歩道に童男丱女岩柴田古城址など、予想しなかったスポットがありゴールを忘れかけていました。

 

ゴールは高木神社

 

しかし、高木神社への道のりは調べていないため取りあえず看板にある童男丱女岩を目指します。

 

すると柴田古城址から少し歩いたところにそれらしき建物が

 

 

おー!奇跡的に高木神社に着いた!

 

と思ったすぐに西方寺との文字。

 

お寺さんでした。

 

もー高木神社はいいやーと思い、また童男丱女岩を目指していると

 

なんと西方寺のすぐ裏に神社らしき建物が!

 

おおー!

 

これは確実に神社です!

 

しかし、名前がありません。

 

もーここがゴールでいいやと思い、引き返そうとすると足元に

 

 

高木神社ーー!!

 

童男丱女岩を目指していたら偶然ゴールの高木神社に着くことが出来ました。

 

 

おわりに

普通の神社より簡素な作りでしたが、すごく古そうな絵もあり、周りをぐるっとしていると

 

 

童男丱女岩までの距離が書かれた看板を発見。

 

距離もそうですが標高が結構あります。さらに道の奥に大きな看板が

 

 

ここで初めて童男丱女岩が登山道の途中にあると知りました。

 

さすがに登山をする気は無いので、今回はここまでに。

 

次は時間をみつけて童男丱女岩を目指したいと思います。

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